最近思う。
先輩からうまく教えて貰えるやうに、うまく使えるように、なったって。
その秘訣はまた別の記事で書こうと思う。
ただ、俺は2年目だ。
所謂後輩がいるのである。
後輩であり、先輩にもなった。
けど、別に上司部下の関係ではない。
だから後輩が成果を出しても、評価はされない。
だが、後輩に知識やら、社会人としての何やら、テクニックやら教えるのは、上司より俺が多い。
上司は「上の判断」をするだけだ。
もちろんアドバイスとか的を得た話もしているが。
これを聞くと、どこにでもあるタダの愚痴に聞こえるだろう。
いや、タダの愚痴かもしれないが。。。
別に、教えるのが嫌なんじゃない。
教えることで自分も反復できたり、初心にかえることができるからだ。
愚痴にしたいのは、教える行為ではなく、
俺が時間をかけてやったことが、結果的に後輩の成果(数字)になったとき(ちなみに後輩とはどう部署の営業なのでやる仕事が違うわけではない。本来協力しなくてもいい。)、それはどういう形で俺に返ってくるのか?
ということだ。
それを一言で、「評価している」と上司に言われても少しも嬉しくない。だったら給料あげろ、となるわけだ。
アポイントの取り付けから、
初回の打ち合わせ、
2回目の商談、
3回目の再提案、
3回の打ち合わせで約5時間くらいの間、
99%話してたのは俺である。
最初に名刺交換をしたのが、後輩、というだけ。
5時間いがいでも、どういう商談にしたらいいか、再提案の内容はどうもっていくか、考えたのは俺だ。
2回目の時に、とっさの判断で切り返し、
角度が低くなりそうなところを拾ったのもあれだ。
だか、内容はどうあれ成績上は、
後輩に数字がつくのだ。
3回目の提案から、
ほどなくして後輩は受注した。
「ありがとう」の一言もない。
俺は、何を得たのか?
何で評価もされないことに、そんな時間をつかってしまったのか。
蓋を開けば、自分に全くメリットのないことに時間をつかってしまったのだ。
これでは、給料が上がるわけがない。
インセンティブがない以上、
今後は協力することの分別を付けるべきと学んだわけだが。
これは果たして学びなのか?
やはり協力なんてしなくなるのか?
自分が得た結果に対して、
会社の評価を愚痴るのは愚行だろうか。
イライラした10月。
まずは自分のことをなんとかしろよ俺。